大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和28年(ワ)5897号 判決

原告

須田耕二

外五名

被告

桜矢興業株式会社

外一名

主文

被告等は連帯して各原告等に対し金三万円宛を支払うこと。

原告等の爾余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を原告等の負担とし、その二を被告等の負担とする。

この判決は、原告等勝訴部分にかぎり、原告等に於て被告等に対し各自金一万円の担保を供するときは、それぞれ仮に執行することができる。

事実

(省略)

理由

亡須田利一が昭和二十七年十一月三十日午前九時十分頃大阪市北区芝田町三十八番地先十三間道路に於て被告菊地操縦の被告会社所有の自動三輪車に衝突死亡したことは当事者全員間に争がない。

よつて、右事故が菊地の過失に基因するものかどうかについて按ずるに、右争のない事実に成立に争のない甲第一号証乃至十号証を綜合すれば、被告菊地は昭和二十七年十一月三十日午前八時過頃被告会社の当時の代表取締役であつた米谷弥三郎方の自宅である池田市菅原町から大阪市大淀区天神橋筋八丁目一番地所在の被告会社営業所に赴くため被告会社所有の二九年式ダイハツ号自動三輪車大六―三六、五一九号を空車のまま操縦運転して時速約二十五粁の速度で大阪市北区芝田町三十八番地先十三間道路を南に向つて差蒐つた際、該自動車の約二十米前方に貨物自動車が南進し、更にその前方に貨物自動三輪車及び普通自動車各一台が先行しているのと、右須田利一が約二十米位前方を右先行車の最後車の右前方を西側歩道から東側歩道に横断しているのを認めたが、同人は右最後車の南進して来たのに驚き一旦立止つた。被告菊地は右利一が最後車の後部を横断し終るか又は佇立を続けるものと軽信し、同人との距離が約十一米位に接近した際警笛を一、二回鳴らし速度を時速二十粁位に減速したのみでそのまま進行したところ、同人は本件自動車が約四米位の距離に迫つたとき危険を感じたものか突然一、二歩後退したので、被告菊地は急停車の措置をとると共に右旋回をして衝突回避に努めたが及ばず、本件自動車の右前部を同人に衝突させて道路に転倒させたことが認められ、これに反する証拠がない。

思うに、自動車運転者たるものは、先行自動車が相続き、且つ横断歩行者があるのを認めたときは、その歩行者が如何なる行動に出るかも知れないからその行動に細心の注意を払い、警笛を吹鳴して歩行者の注意を喚起すると共に歩行者の行動に応じた臨機の措置を構ずるため豫め急停車措置が直ちに有効になる程度の減速徐行をし、良く歩行者の行動を判断し、その必要に応じ急停車又は旋回等適切な措置を構じ、以て事故を未然に防止すべき業務上の注意義務があるものというべきところ、前示のように被告菊地は右利一が二十米位前方の道路中央辺に佇立しているのを認めたが、同人が本件自動車の前方最後車の後部を横断し終るか又は佇立を続けるものと軽信し、警笛を一、二回鳴らし且つ速度を五粁位減速したのみで漫然南進を続け約四米位の距離に迫つた際同人が突然一、二歩後退するに及んで始めて急停車及び右旋回の措置に出たことは、被告菊地が自動車運転者として、歩行者の行動についての判断を誤り、豫めとるべき事故防止措置を欠き、又急停車及び右旋回が適切でなかつたものというべきであるから、本件事故は同被告の過失に基因するものといわなければならない。

被告会社は、本件事故は右須田利一が横断歩道外の個所を横断せんとし歩行者としての注意を欠いたゝめ生じたものである旨抗争するが、これを認むべき何等の立証がなく、仮に同被告主張の事実があつたとしても、右は損害額を算定するについて斟酌すべき事由にすぎず、被告菊地の責任を阻却するものではないから、右抗弁は理由がない。

而して、被告菊地が被告会社の従業員であつたことは当事者全員間に争がなく、右事故が被告菊地が被告会社の業務の執行につき生じたものであることは、前段認定の事実に徴してこれを認めることができる。

次に、右利一と原告等との身分関係が原告等主張の通りであることは訴状添付の戸籍謄本によつて明らかであるから、原告等が右利一が本件事故のため死亡したことについて精神上甚大な苦痛を蒙つたであろうことは多言を要しないものというべく、被告菊地は不法行為者として、又被告会社は被告菊地の使用者として民法第七百十五条により連帯して原告等に対しこれを慰藉するため相当の金員を支払うべき義務があるものというべきである。

被告会社は、本件事故につき原被告等間に於て、被告等は金十万円を折半して原告等に支払うべきことの裁判外の和解が成立した旨抗争するので按ずるに、成立に争のない乙第一号証には、原告須田シゲは昭和二十七年十二月三十一日被告会社の代表者から金一万円を金十万円の内金として受領した旨の記載があるが、証人山田米造の証言及び原告本人須田シゲの供述によれば、被告会社から原告等に対し金十万円を支払う外将来原告唯雄を大学卒業迄面倒を見るから和解されたい旨の申入があり、その後前後四回に亘り合計金二万五千円の支払があつたが、その後何の申入もなく和解成立の段階に達していないことが認められるから、これに徴すれば右乙第一号証の記載のみでは未だ右和解が成立したものと認め難く、その他右事実を肯認するに足る証拠がない。従つて右抗弁も亦採用に値しない。

よつて進んで慰藉料の額について按ずるに、原告須田シゲの供述によれば、右利一は生前済生会病院の小使として金一万円余の月収があつた外、賞与として年二万円程度をもらつていたが、その死亡後原告等方は生活に困つていること、及び原告シゲは右利一に代り同病院の小使に採用してもらい現在月六千七百円程度の収入があり原告耕二及び同保雄は工員としてそれぞれ月一万二、三千円、同カズ子は女中として月二千五百円程の収入を挙げているが、爾余の原告等はいずれも小学生であることが認められ、右事実と前段認定の被告会社から既に金二万五千円を受領したこと及び弁論の全趣旨とを綜合して、慰藉料の額は原告等各自金三万円を以て相当と認める。

以上の認定によると、被告等は連帯して原告等に対し各金三万円宛を支払うべき義務があるから、原告の本訴請求は右の支払を求める限度に於て正当としてこれを認容すべきも、爾余の請求は失当としてこれを棄却すべきものである。

よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十三条、仮執行の宣言について同法第百九十六条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 坪井三郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例